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窯ぐれ往来韓国編
  ’99 釜山・金海・泗州
  ’00 慶州・聞慶・ソウル
  ’01 ソウルリサーチ
  ’01 利川エキスポ
      ○その1 出発
      ○その2 会場風景
      ○その3 日本館
      ○その4 地域商品館
      ○その5 ガラス作家 朴鐘海(パクジョンヘ)のこと
      ○その6 パレードが来た!
      ○その7 温泉(オンチョン)
      ○その8 金淑希(キムスヒ)のこと
      ○その9 帰路 一本の道

イチョンへの道は遠かった

○その8 金淑希(キムスヒ)のこと

金叔希(仮名:仮顔)

 

これから書くのは「モテたハナシ」ではなく「モテなかったハナシ」
ちょっとセツナイ「異文化理解の道筋」・・・です。

日本館のぼくのブース。座ってお客さまと応対してたんやけど、
話しこむ場合もあるんで左となりにも椅子がならべて置いてあった。

気がついたら彼女は横に座ってた。
ほんのとなりに座ってぼくにむかって微笑んでた。
日本館に入って3日目、9/7だった。

名をたずね合い、当たり障りのない自己紹介。
彼女は独学で日本語を学んでる。いつも厚い韓日・日韓国辞書をかかえてる。
長いきれいな髪。きらきらした目。くるくると変わる表情。つたない日本語。

「わたしわー日本語ーむづかしーです」
「いいえーちがいます」
「わたしわーひとりでーベンキョウします」

韓国女性の鼻濁音。フツーとちがう間の取り方。言葉を探す時の困ったような表情。
辞書をひいてるあいだの伏し目がちの表情の美しさ・・・
思う言葉を見つけた時のパッと輝く目の光・・・
見つけた言葉をつかうときの誇らしげで楽し気ないたずらっ子みたいな顔・・・。

「ナカネせんせーのやきものは とてもー キレイです」

スヒはぼくの横。顔をよせてはなす。
さっきからぼくの左腕とスヒの右腕は何度も触れあってる・・・
ドギマギしてるのはぼくだけ。若く見えるスヒ・・・

「学生(ハクセン)ですか?」
「いいえー シュフです」

主婦 27歳 8歳と6歳の子どものオカーサン
エキスポの総合案内所ではたらいてる 金曜日は休みの日

スヒ 「また来ても イイですか」
「あしたー また来ます」

スヒは1日2度の休憩時間にはかならず来て話しをして帰って行った。
彼女と話しをする1時間30分づつ、ぼくらは知り合って行った。

ホントに簡単な意味を伝えるのにとても時間がかかった。
スヒがいろいろに言い方を替え、言葉を替え、ぼくが韓国語でいろいろに努力し、
辞書をひいて、そして「果物のナシが好きです」に到達した。
そして微笑みあった。こんなことがムショーに楽しかった。

  スヒの日本語はとてもカワイイ。   
  スヒの発音がいまも耳に聞こえる。

ジャパンデーのきものショーの日。彼女の後ろ姿、彼女の髪の流れを、スケッチしな
がら「わたしも キモノ ほしーです」とつぶやくのを聞いた・・・。
肩と肩がふれあう距離、ビデオの音に邪魔されないよう顔と顔をよせあう、
日本人なら『恋人同士の距離』・・・でも、ここは韓国・・・。

心がうごかないはずはない。
手をのばして彼女の髪に触れたい。
もしそうしたら、どんなことが起るんやろう?

「スヒはナムジャ(男子:だんなさんの意)と若い時に結婚したけど恋愛結婚ですか」
「いいえー」
「お見合いってわかる?見合い結婚?」
「いいえー」
「?」
「わたしのーオトーさんと だんなさんのオトーサンが 子どもで決めました」
「許嫁(いいなずけ)!」
「そーです」

○パクさん(44才 ガラス作家 独身)が云った事。
 
メズラシーなぁ。むかしは多かったけど。スヒさんの宗教は儒教だからー、むかしは
そうだったけど。(パクさんはキリスト教:教会には行ってないけど)今は儒教でも
すごくメズラシーよ、許嫁(いいなずけ)で結婚する人・・・。
キムさんははやく結婚しすぎたかもしれないよね。27歳で8歳と6歳の子どもがい
るんだしー。ナカネさんと会って『世界』と出会ったカンジがあるんじゃないかなー。

○ぼく(44才 陶芸家 妻子あり)が云った事。

ウーン、たんなる日本語の練習台なんじゃないかなぁー、だとしたらカナシーけど。
日本でも英会話の練習のためだけに『外人』と話したい日本人がいて、心ある外国人
にはヒンシュクなんやけどなぁ・・・。こないだなんかキムさんが昼御飯まだかって
聞いて来て「まだ」って云うと「わたしがー」ってキンパプ買って来てくれるんだよ
なー。今日だって小さな青い花の鉢植え持って来てくれて、ぼくに手渡したと思った
ら、座ってる前の床にひざまずいて(!)ラッピング用の綺麗な紙をおって鉢カバー
にしてくれた・・・。もう1枚の紙で、うすいブルーなんやけど、なんか折ってくれ
て・・『ローズですー』って・・・。鉢植えの前に飾った・・・。
ともかく無邪気なんや、そやから困るんや・・・。

手をのばして彼女の髪に触れたい。
そうしたなら、どんなことが起るんやろう?
彼女を相手に『マディソン郡の橋ごっこ』(もちろん精神的に)してもイイもんなん
やろうか?・・・ぼくがキンケイドじゃないのは分かり切ってるけど・・・
スヒはフランチェスカなんやろうか?
 

スヒと話すようになって4日目、会場を歩いてると呼び掛けられた。
スヒが走って追いついてきて

「ナカネさん(せんせーと呼ばないように頼んだ)はー どこに 寝ますか」
「広州のトモダチのアバト(アパート)に寝ます」
「夜の ゴハンはー ドコ?」
「シクタン(食堂)で」
「今日ー いっしょにー 行きましょー」
「えっ!」
「7時半にー 来てください」 

TOYAの閉場パフォーマンスを2人で見た。今日は彼女がひとりでブースを閉める遅番。
花火とレーザーの光が彼女の顔の輪郭を照らす。8時になってブースを閉め、ぼくの
クルマに向かった。

「なんか嘘みたいや・・・5日前はぼくはここに居なかった。なのに今夜はこうして
 スヒと歩いてる・・・」
「なんですかー? わかりません」
「あなたと会ってうれしいです」
「わたしもーうれしいです」

夜気の中にスヒの体温を感じる。ときおり肩が触れる。
この身体距離の近さに戸惑うンや・・・意味がある?ただの親しさ?

韓定食¥1500 利川一帯は米どころ
「韓国には5回来たけどこんな宮廷風の韓定食ははじめてです。
 ここにはよくくるんですか?」
「たまにー来ます」
「家族で来ますか?」
「家族で来ます」
「まだ時間はダイジョーブですか?」
「ダイジョーブです。電話しました」
「ナムジャ、ダンナさん、御主人は優しいですか?」
「主人は?優しいですか?優しい?」辞書をひくスヒ。
「優しい?・・・何に優しい?・・・意味がー わかりません」
「ごめん、日本人はときどき意味の無いことも聞いたりするんです」

ほんとはスヒの夫婦仲が良いのかどうか知りたかったんや・・・
食事が終わって、正面に座ったスヒの顔をスケッチした。
彼女はぼくの視線に耐えまっすぐにぼくを見つめかえす・・・11時が近い。

「スヒ送って行きます」
「外にー」

クルマを運転して利川から10キロほど離れた安涼里をめざす。
せいぜい30分・・・。運転しながらタバコを吸おうとしたらスヒに怒られた

「とまってー 吸いなさい 危険です」

したがう、すこしでも彼女と長くいられる・・・ユーミンがかかってる。

「広州でノレバン(カラオケ)に行きました。スヒは歌いますか?」

彼女は布製のバッグからウォークマンを取り出してカセットを抜き取り、ユーミンと
取りかえて小さな声で歌い出した・・・クルマをスタートさせる。

「もっと大きな声でうたってください。聞こえないです」
「だめです クルマです」
「もっと大きな声で!・・・スヒはノレバンに行きますか?」
「・・・行きます」ちょっと口ごもってからはにかんで
「主人とー ときどき 行きます」
(!・・・仲エエんや)

もうそんなに遠くないはず、彼女とサヨナラしなくちゃ・・・
もう安涼里に入った。片側3斜線の広い道路。ぼくの想像とはおおきくちがった。
現代(ヒョンデ)グループが開発した高層アパートが立ち並んだ新興の街だった。

ぼくが想像したのは、儒教の親同士が息子と娘をいいなずけにして結婚させる農村。
平屋の農家がならぶ暗い町並み・・・
その閉鎖的な村に閉じ込められている可哀想なスヒ・・・
でも今、助手席でちいさな声で歌ってるヒトは・・・フランチェスカなんだろうか?

「あーっ! ノレバンにー いきましょー!」スヒが大きな声をだした。
「!」

道路ぞい、高層アパート群の中の商業エリア、
飲食店やゲーセンなんかもある雑居ビルの5階。
「30分だけっ」とブースに2人で転がり込む。
ぼくは『おどるポンポコリン』『ガラガラヘビがやってくる』
『乾杯』『悲しい色やね』を歌った。

スヒはアップビートで高音部を張り上げる女性ボーカルを歌った。
クルマでかかってたやつ。すごくむずかしい歌を上手に歌った。
ミーシャがMAXの曲を歌ってるようだった。揺れるまなざしと揺れる長い髪・・・
歌詞の中にはもちろん『サランヘ:愛』という言葉がちりばめられている・・・
すぐとなりで画面を見つめる瞳がキラキラしてる・・・

0時を少しまわって駐車場で別れる時、「夜はー 今日だけです」と云った。
あるいて5分、高層アパートの15階に帰るスヒに見送られてクルマをターンした。
彼女がくれたカセットテープには ソチャンヒ『first bridge』と。
出来すぎ!・・・『マディソン郡の橋ごっこ』には。
スヒの歌う姿と声をテープから流れる曲に重ねて・・・クルマを走らせた。

翌日、歌ってたマネをするとはにかんで笑った。

時は飛びさる・・・せつなさがつのる。
少女のような無邪気さにホンロウされる日々・・・。
彼女が日本館に来てぼくのとなりに座るたび、スケッチした。見つめた。

「どーして いつも スケッチしますか?」
「スヒのことを見たいから。 キレイだから」
「ナカネさんの オクサン わたしのー スケッチいっぱい 変じゃないですか?」
「ダイジョーブです」(たぶん)

「17日までぼくはここにいます。18日には釜山に行かなければなりません
 19日のフェリーに乗らなければなりません」
「乗ラナケレバナリマセン・・・?」
「・・・子供は学校にいかなければなりません。
 ・・・クルマは右側をはしらなければなりません。」
「あー、わかりました」ノートにハングルとひらがなを書き込むスヒ。

「ナカネさんは ニッポンにー 帰らなければなりません」そーなんや、あと5日。
「ぼくは悲しいです」
「わたしもー 悲しいです」
「スヒは ソニョ(少女)のように無邪気ですね・・・だからぼくはとても困る」
「ムジャキ? なんですか」辞書をひくスヒ。
「ショージョ?のように?ムジャキ? 困る?・・・わかりません」

○パクさんと話した事

どう考えたらいいんやろーねぇ、パクさん。
韓国人と日本人の身体距離の取り方ってすごくちがう・・・。

17年前はじめて韓国に来たんやけど、そのとき関川夏央って人の書いた
『ソウルの練習問題』って云う本を読んでから来たンや。その中に「話したりする時
の安定距離が韓国の場合ほとんどの外国よりも短い。」って。来てわかったけど、書
いてあるとおり、ホントにそーなんだなぁと思った。

日本のビジネスマンと韓国のビジネスマンが呑んでると韓国人は気持ちが入って来る
と、この距離では自分の気持ちが伝えられないって感じて近づく、日本人の方は自分
が安心できる距離のなかにヒトが入って来て不安を感じる・・・。
韓国人はまた不十分な距離と感じて、もう1度にじり寄る...
これがくり返されて、結果、ソウルの酒場では日本人ビジネスマンがみんな壁に押し
付けられてルって云うんやけど・・・。

ほんと日本は身体的接触を恐れる文化、ぼくなんかハッキリそうやね。
身体接触して親愛の情をしめすって機会がほとんどないもんね、文化の中に。
自分の子供が小さいあいだは別として家族同士でも触れあわない・・・
子供の方はそれを望んでるのに6才になればもう学習してるよね・・・
またそう教育してるモンね・・・思わず知らず。

欧米人の握手や大統領同士が抱き合ったりするでしょ、たがいにキスしたり・・・
ああいう文化習慣、が無いンや日本人には・・・

そやから17年前、ある地方バスのバス停から高速バスのバス停までスッゴイでっか
いアジョシ(おっさん)が、ずーっと手をつないで連れて行ってくれた事があって、
そん時オレ27で童顔で紅顔の美少年やったからちょっとビビったことがあってね・・

ソウルでもあることで世話をかけた23の学生にお礼にメシ奢るということがあって、
新村(シンチョン:大学街)のカルビの店に向かっててん、そしたら道路、フツーの
2車線の道、交通量もそこそこなんやけどオレが27才の男やって分かってんのに、
その学生が手ぇつないで渡らせてくれるンやね・・・
ほんで渡ってからも手をはなすキッカケが掴めなくてしばらくつないだまま歩いてた・
・・こっちから離すのが悪いような気がして・・・

そん時は1ヶ月、うろうろしてたからイスラエル人の青年2人組ともしばらく一緒やっ
てんけど、彼らに日本と韓国の印象を聞くと「日本人はシャイ、韓国人はフレンドリー
でオープンマインデッド(心が開かれてル)や」って。彼らは外見的に『外人』なん
やけど日本の地方都市とかで道聞いたりすると日本人は逃げるって云うんやね、女子
学生の集団はキャーって云うて逃げるって。

でも韓国の女の子だったら絶対そんなことないって。なんか路地みたいなところ歩い
てるとして向こうから高校生の女の子が一人で歩いて来たとしても、韓国人の女の子
だったら真直ぐ目を見てくるし、道をたずねたら、英語が分からなくってもちゃんと
地図を見て、なに云ってるか理解しようとして、助けてくれようとするって・・・、
日本人は目を合わそうとはしないし、英語ダメだったら助けられない、って逃げる。

別のスイス人のおじいさんの彫刻家にこの話をしたら納得してたんやけど・・・
韓国人が身体的接触を恐れないって云う話をしたときに、マイナスの評価をしたんや
なぁ・・・ぶつかったり、気安く身体に触れることはルード(野卑)でコーティアス
(宮廷的:ていねい)ではないから、ちょっと気になるってね・・・。ぼくも去年、
泊めてもらったり、案内してくれて友だちになった陶芸家が、道歩いてるときに肩が
あたるンやね、彼は気にしてないけどこっちは気になる。だってちょっと離れればぶ
つからないし、歩いてる道は充分にその余地があったからね・・・

身体が触れあうことに韓国人は日本人より寛容で、親愛の情をしめす1手段である、
そういう文化的習慣である、ってことは理解できるねんけど、これが異性間の場合は
どうなんか・・・ちゅーことやねんなぁ・・・個人差があるしー。

韓国の20代の青年と女性が性的意味あい無しにふざけあってるのを見て無邪気やなー
とは思ったけどね、17年前に。ちょっとうらやましーなぁ、とも思った。
日本人が、ぼくが、そう云うふうにふるまえない、韓国人にくらべて過剰に性を意識
するってのは日本人の方がスケベーってことなんやろうかなぁー。
文化的に性をタブーとして来たってことの結果そうなるんかなぁー。

ともかくもスヒ。韓国には5回来たけど、観光旅行じゃないのは始めてでしょ・・・、
ひとりの人と毎日あって知り合っていく経験ははじめて・・・、
その相手がとても魅力的な女のヒト・・・無防備で無邪気な。

あー、ぼくは彼女が好きになってる。逢いたいし、逢えばうれしいし。
彼女が家庭的に幸せなのかどうか確かめられないし、中学生みたいに彼女がそばにい
るとトキメクし。セックスがしたいわけでは無い(そういう事態を受け入れるにやぶ
さかではないが)けれど、今よりもっと近づきたいし、スヒの髪にさわりたいし、彼
女の手を握りたいし、でもそうしたらすべてが失われるかもしれないし、それはイヤ
やし・・・もうあとちょっとしかここにはいられないし。
あー、どうしちゃったんやろオレ!

水曜、あと5日。休憩時間に話す時以外にも彼女の姿を目にしたくて遠くから総合案
内所を見つめる。通訳室に用事があるふりでウロツイてると彼女が見える。
まるで中学生男子。

木曜、あと4日。勝手な幻想をスヒに投影してるだけ。すべての恋愛はそう。
でも恋は憂き世の「花」。日常はダラダラつづく散文。恋愛は垂直に屹立する詩歌。
スヒの日本語がつたないからよけいにカワイイ幻想を投影してる・・・
韓国語で話すスヒには違う人格を感じる・・・
でも、もう恋なのか・・・(by にしきのあきら)

ウロツキ、隠れ、恥じ、焦がれる。
夜、ブースを閉めようとするスヒを遠くから隠れてスケッチしてた。
でも彼女は気がついてて暗くなった広場をぼくに向かって真直ぐに歩いて来て・・・

「あした もーいちど ごはんにー いきますか」
「えっ!」

明日は金曜。明日の夜が終わったら、あと3日でぼくはここからいなくなる。
金曜の昼は飛びさった。夜6時半、日本館を早じまいして彼女の知ってるちょっと
郊外のお店へ。

暮れて行く空の雲に夕陽。
黄色く色づいた田。
道ぞいには真桑瓜を売る屋台がいくつも。
さみしげなオレンジの電球。

「ナムジャ(御主人)は ぼくとドライブすることを知っていますか」

この質問には答えないで彼女はこう云った。

「こころが 重いです・・・」

  

 

竹筒で焚いたごはん:テロンパプ ¥1200

この店は山小屋風。ウッディな外観、自然石をあしらった外装。
日本でだったらログハウスやこの手のスイス山小屋風の建物の意味するところは
「自然:ネイチャー」ってことだろう・・・そういう『記号』。
韓国でも基本はおんなじ。でもちょっとズレてる。そんな店をいくつも見た。

ネイチャーなのに屋根縁取りに電飾!
ログハウスなのにネオンがキラキラ!(しかも料理は海鮮!)

店の内部もスイス山小屋風。席の半数はガラス天板にツタをかたどった白い脚の
テーブルとラタンの椅子。地中海のオープンカフェにありそうなカンジ。
あとの半分は韓国的な分厚い木のテーブルにイタリアンカラーのふかふかソファーが
取りあわせてある。フロアーに白いグランドピアノとドラムセット。自然石をはった
カウンターの向こうの壁には色とりどりのリキュールのビンと高級洋酒の琥珀色。

日本ならばこの店のメニューにウドンも玉子丼も絶対にない・・・
でもここは韓国だから・・・竹筒炊き込み御飯がこの店のウリ。
タコのピリ辛いためと野菜・山菜の韓定食、もちろんキムチも何種類も。

・・・そうなんやぼくの常識はニッポンのジョーシキ。

「スヒの心が重いのはなぜ?」
「ナカネさんのー 気持ちがー 重いです」
「・・・」
「ナカネさんは わたしのことを たくさんスケッチして 好きだからといいました」
「うん、ホントにそう思うから」
「わたしは お酒も たばこも しないし ミーティング(合コン)もしません」

韓国でも男女関係はゆらいでる、姦通罪があっても婚外の恋愛をもとめる女性たちの
合コンもあるらしい・・・不倫も多いよー、とはパクさんの弁。韓国在住日本人女性
2人もそうは云ってた。でも既婚男性が未婚女性の恋人を苦しめるというハナシなら
一定水準の経済的社会的自由を達成した先進工業国の都市部ならばオンナシでしょう、
保守的宗教的倫理のしばりが効かなくなって、女性解放がすすんで、個人の『自由』
が追求されたらそーなる・・・

「わたしは ともだちに イサンハダ(異常だ)といわれる がありました」
「過剰親切だと いわれる がありました わたしはそー 思いません」
「わたしは ナカネさんに あたりまえにー 親切 したんです」

     

     話をする前から分かっていた・・・。
     彼女は少女のように無邪気な人。
     すべてはうたかたの「僕の」幻想。

「ぼくはスヒのこといっぱいスケッチしました」
「スヒのことを見つめたいから・・・。見つめたいということは知りたいということ。
 知りたいということは好きだということです・・・スヒははっきり分かってたでしょ
 う・・・ぼくがスヒを好きだということが心を重くしてるのは悲しいです」

「スヒは最初からぼくのすぐとなりに座ってました、ほほえみながら・・・。
 あのときオドロキました。キレーなオネイサンが来てくれたーとうれしかったです。
 それから毎日、日本館に来るたびにとなりに座ってくれましたよね・・・
 2人とも半そでだから裸の肘と肘があたるのをスヒはちっとも気にしなかったです
 よね・・顔と顔が20cmに近づいて話をすることもスヒはヘーキでしたよね・・・
 そーいうことに日本人の男は馴れてないんです・・・とくにぼくは・・・
 そーいうことにうれしさを感じてしまうし、意味を感じてしまうんです・・・
 ぼくも男だから・・・」

「ノレバン(カラオケ)に2人で行きましたよね、夜遅くに・・・
 ぼくは日本ではノレバンに行ったことないんです、オクサンとも・・・」
「話すこと、会うこと、顔を見ること、すべてがうれしい気持ちでいっぱいだったん
 です・・・」
「ぼくが歩いてたら走ってきて息を切らしたまま身体をぶつけるようにして話しかけ
 てくれましたよね・・・」
「ぼくに勇気がもう少しあれば、それは、ちょっとバカな勇気やけど、
 もう少しフツーの日本人の男やったらという意味でもあるんやけど、きっとスヒの
 ことを抱きしめようとしていたと思う・・・」
「だから・・・だから、今度、、もし日本語の練習台になる男の人と会ったら・・・
 もっと離れて話すようにしてください・・・離れるがイイです、アブナイです、
 危険です・・・みんな勘違いします・・・抱きしめていいのかと誤解します」

スヒをせめるつもりはなかった。
彼女の感情がゆれているのがわかった。
ぼくを日本語の練習台にした罪悪感、ふるまいが無防備だったことへの羞恥、
ぼくの誤解をはやくに解かなかったことへの後悔・・・いくつもわけは考えられる・・
伏し目がちに目をうるませて耐えたあと消え入るような声で・・・

「・・・もう (日本館へは) 行きません」

「ちがう!そうじゃない!
 今度のことですごく良く分かったです・・・
 日本人と韓国人が出会うってこと、知り合うってことは、ほんとにムズカシーです。
 住んでる国の習慣や文化はその人の目の前にかけられたフィルターとしてはたらく。
 そのフィルターをとおして見ると異文化のなかにいる人や物が実際より輝やいて見
 えることもあるし、実際よりくすんで見えることもある・・・。
 でも本当に人と出会おうと思ったら、そのフィルターの向こうに手を差しのべて・・
 その時まで手のひらをやわらかく保っておいて・・・恐がりながらでも・・・
 オズオズと、まさぐるよう触る・・・触る努力をしなきゃなんないんや。 
 それが生身の人間どうしが出会うってことのただひとつの方法・・・
 恐れをふり払っても触りにいかないと・・・
 だからタクサンまちがうでしょう・・・たがいに・・・
 そのマチガイを積み重ねないと・・・出会うことはできないんや・・・
 まちがうことでたがいに変わって行く・・・
 そしていつかはフィルターが溶けてなくなる・・・
 今度のまちがいはぼくの責任。スヒはちっとも悪くないんや。
 だからスヒに云ったでしょう、ソニョ(少女)のように無邪気やって・・・
 スヒにはぼくに特別の感情がないって分かったからそう云ったンや・・・
 すこしカナシー気持ちで・・・」

「無邪気は わるい(意味の) 言葉でしょう?」

「ちがう。わるい意味で使うこともあるけど、心が子供のように純粋でキレイと云う
 意味でそう言ったンや・・・
 だからもう誤解は無くなったんやから、日本館に来てください・・・
 もうスヒのことをスケッチしません・・・日本語の勉強だけしましょう」

スヒは曖昧にうなずいた。

なんだかスッキリして気持ちがあたたかくなった。
そうなんや男女の恋愛感情なんかよりもっとイイことだってある・・・
やっぱりちょっとセツなくてつまんない気もするんやけど・・・
帰りのクルマではとりとめのない話しをした。スヒも機嫌がなおって笑ったりした。
三叉路の交差点に差しかかった。右にミランダホテル。左に曲がればスヒの家のある
安涼里。スヒが云った

「ミランダに 行って・・・」
「!!!!!」
「温泉にー 入りましたか?」
「!!!」

笑いがこみあげてきた。これだから無邪気な少女は困るんだよなー
笑いを押さえ込んでその質問に応えた

「水曜日の朝に行きました。気持ちよかったです。
 スヒ! 日本語のベンキョーをもっとしてください!
 もっと言葉と言葉を早く繋げるようにしてください!
 ぼくは今、スヒが『ホテルに行って』と頼んだのかと思ってハンドルを右に切りか
 けましたよ!」

スヒもぼくも大笑いした。
 
土曜と日曜、彼女はもう日本館に来なかった。
遠くから総合案内所にいる彼女を見た。
なんか云わなきゃ・・・

最終日。月曜の朝、すこし遅れて日本館のブースに着くと椅子の上にケーキの箱が置
いてあった・・・そしてタッパに詰めた手作りの小豆のお粥。
昼前にスヒが来た。お粥は塩で味付けして食べてください、と云う。
ケーキとお粥の礼を云う。夜は7時からかたずけ始めて9時を過ぎるだろうと告げる
と、手伝いに来てくれると云った。それだけの連絡を交わすとスヒは座ることをせず
に踵をかえして戻ろうとした。呼びとめて向きなおった彼女に用意した言葉を云った

「混乱させてゴメン。
 あなたと会って 少年のこころを とりもどした
 少年と 少女が 出会ってほんとうに うれしかった 
 たくさんのこと ありがとう」

「アッ」といって彼女は身体をよじり一瞬手で顔を覆った。
もう一度向きなおると「夜に来ます」と云って暗い日本館からまぶしい外へ出て行っ
た。

夜の撤収と積みこみはぼくをふくめて4人でやった。
日本館のKさんとガードの徐さん、ぼくとスヒ。
9時半をまわったころスヒのケータイが鳴り、切ったあとで「主人です」と。
エキスポのゲートまで迎えに来られたらしい・・・

「ヨロカジロ カムサハムニダ いろいろとありがとう」
「アンニョヒ カシプシォ 安寧に行ってください:さようなら」
「アンニョヒ ゲシプシォ 安寧に居てください:さようなら」
 
スヒの長い髪は揺れながら闇に融けた。
遠ざかる白い服をおいかけて彼女の手を握りたいと、一瞬、思った。

TOYAのヌイグルミは徐さんがくれた。
部屋にもどって一人でお祝をした。
13本のキャンドル。13日いたエキスポ。13日分の思い出。
小豆のお粥は美味しかった。バタークリームのケーキ、一人で1個はキツかった。

44才のオッサンやのに少年の気持ちになれた・・・すごいコトや。

金 淑希、少女のように無邪気な28才の主婦
     あなたと会って少年のこころをとりもどした
     少年と少女として出会えてほんとうにうれしかった

 


◯その9 帰路・一本の道 につづくー




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